2012年9月19日水曜日

執行官ミニ歴史(7) 「扇の要」現況調査


 不動産競売制度は、1890年(明治23年)の旧民事訴訟法から90年を経て、民事執行法によって生まれ変わり(注1、バブル経済の破綻(注2を契機に、債権回収手続としての実効性が求められる「不動産競売の時代」を迎えました。

(注1) 民事執行法は既存の制度を維持しながら改善を図る法律であり、「改正」と位置付けられます(田中康久著「新民事執行法の解説」参照)。

(注2) 筆者は、豊田商事事件等が世間を騒がせ(1985年(昭和60年)には豊田商事会長刺殺事件が起きました。)、裁判所で個人自己破産・免責という破産手続の画期的な運用が開始された1983年(昭和58年)は、バブルの綻びが巨大な姿を見せ始めた年であったと考えています。

 「不動産競売の時代」の制度の運用状況は、おおまかにほぼ10年刻みで3期に分かれると考えてよいようです。Ⅰ期はバブル崩壊まで、Ⅱ期はバブル崩壊後のいわゆる「失われた10年」、そして、Ⅲ期が1998年(平成10年)以降です。

 期は、強制競売が3~4割を占めること(前回参照)、申立て件数に対して現況調査命令の発令件数が少ないこと(注3などから、債権者側にも準備不足が窺われると思います。
 ところが期に入ると、債権者側も競売を積極的に進めざるを得なくなり(注4、反面、競売妨害(注5も多発しました。申立ては年々増加しましたが、事件処理は遅延し滞りました。
 そして期は、不良債権の早期処理に国を挙げて取り組むようになり、裁判所における事件処理も大幅に改善されました。

(注3) 裁判所は申立てに対して開始決定をして、法務局に差押登記の嘱託をし、その完了後に執行官に現況調査命令を発令します。下のグラフは、不動産競売申立て件数(平成16年以降、担保収益執行を含む。)と執行官の現況調査受理件数とを年度ごとに対比したグラフです。
 29年間通算で、申立て件数1875,166件に対し、現況調査件数は1745,913件と約13万件少なく、このうちの8割に当たる約10万件は前半(1996年(平成8年)まで)に集中しています。グラフでも、左側ほど両件数の乖離が大きいことが分かります。これは、手続の開始段階でスムーズに進まなかったことを示すと思われます。

(注4) 山田齊「占有妨害排除の理論と実務(新訂増補版)」は、銀行は積極的に債権回収を進めたが、1993年(平成5年)に銀行の副頭取が、翌年には銀行の支店長が暴力団員に射殺されるという事件があり、「この直後から、銀行が債権回収を諦めるようになった」と指摘しています。なお、いわゆる「金融サービサー法」が制定されたのは1998年(平成10年)、整理回収機構が設立されたのは1999年(平成11年)です。

(注5) 山田前掲は、不良債権問題に「暴力団が資金獲得策として関わっている事例が多い」とし、抵当物件や落札した競売物件を暴力団などが占拠する執行妨害を「占有妨害」と呼んでいます。なお、1993年(平成5年)には、いわゆる暴力団対策法(平成3年公布、平成4年施行)が一部改正され、暴力団員が土地等を占拠することや、土地等の支配を誇示することにより明渡料等の要求をすることなどが禁止されました(同法912号)。

 このように、30年の間に、不動産競売制度の運用状況は大きく変化し、債権回収の実効性は飛躍的に高まりました。・・・その推進のために、執行官は重要な役割を果たしたと言えるでしょう。
 裁判所が「物件明細書」を作成して、「さしあたり最も確度の高い情報資料」(注6を提供するという、民事執行法が導入した画期的なシステムの「扇の要」(注7と言われるのが、執行官の担当する「現況調査」にほかならないからです。

(注6) 中野貞一郎「民事執行法(新訂4版)」412

(注7) 執行官研修における講演で、「的確な現況調査報告書が基礎になって、正確な物件明細書なり評価書なりの作成ができるという関係にある」とされ、現況調査は「扇の要」であると言われました(南新吾(当時東京地方裁判所判事)「現況調査における法律関係」(昭和56年執行官雑誌No.12)。

 執行官の現況調査受理件数を見てみましょう。民事執行法以前の「賃貸借取調べ」も合算した、1970年(昭和45年)以降の受理件数は、次のグラフのとおりです。
【グラフ説明】このグラフの件数は1979年(昭和54年)以前は賃貸借取調べのみ、1983年(昭和58年)以降は現況調査のみです。その中間は両者が混在しています。 

 受理件数は右肩上がりで増加しています。特に年間7万件を超えた1998年(平成10年)以降7年間は、動産執行事件も減少しましたから、執行官は、連日、現況調査事務に追われる毎日だったと思われます。
 かつて、執行官法施行当時の執行官が動産執行と送達に明け暮れていたのとは隔世の感があります。現況調査事務は「執行官制度の将来を占う」(浦野雄幸昭和60年「実務民事執行-運用上の問題点と判例-」)と言われたことが思い出されます。

 しかしながら、現況調査事務は、動産執行などとは全く異質の事務で、独特の難しさがあります。執行官室によっては、執行官を強制執行班と現況調査班とに分けているところもあります。1人で両事務を担当すると、強制執行と現況調査で頭を切り替えるのに意外に苦労するものです。

 では、現況調査とはいったいどんな仕事で、執行官はどういうところに難しさを感じているでしょうか?(現況調査報告書をお読みいただくときのご参考になれば・・・と思い、私見を記します。)

 現況調査の調査事項は、法律には、「不動産の形状、占有関係その他の現況」(民事執行法571項)と簡潔に定められています。これを細目に具体化したものが「現況調査報告書の記載事項」(民事執行規則29条)です(注8
 羅列されている報告事項を一言でまとめますと、競売対象の「土地」又は「建物」について各別に(注9、「物的状況」と「占有関係」とを調査するということになります。

(注8) 現況調査報告書記載事項
一 事件の表示
 二 不動産の表示
 三 調査の日時、場所及び方法
 四 調査の目的物が土地であるときは、次に掲げる事項
  イ 土地の形状及び現況地目
  ロ 占有者の表示及び占有の状況
  ハ 占有者が債務者以外の者であるときは、その者の占有の開始時期、権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係る文書の要旨及び執行官の意見
  ニ 土地に建物が存するときは、その建物の種類、構造、床面積の概略及び所有者の表示
 五 調査の目的物が建物であるときは、次に掲げる事項
  イ 建物の種類、構造及び床面積の概略
  ロ 前号ロ及びハに掲げる事項
  ハ 敷地の所有者の表示
  ニ 敷地の所有者が債務者以外の者であるときは、債務者の敷地に対する占有の権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係る文書の要旨及び執行官の意見
 六 当該不動産について、債務者の占有を解いて執行官に保管させる仮処分が執行されているときは、その旨及び執行官が保管を開始した年月日
 七 その他執行裁判所が定めた事項

(注9) 「土地」と「建物」が四号と五号に別々に規定されているのは、日本民法が明治以来、土地と建物を別個独立の不動産としているためです。しかし、建物だけが競売される場合にも、敷地利用権は調査しなければなりません(法律的に別個独立の土地、建物も、物理的には同一空間に存在しているからです。)。なお、建物だけの競売をめぐっては、評価上の問題もあるようです(全国競売評価ネットワークの不競売評価における「場所的利益」の考え方と評価参照)。

 もっとも、土地も建物も世界にひとつしかない存在ですから、調査で重点を置くべき事項は事件によってそれぞれ違います。執行官は白紙で調査に臨み(予断は禁物です。)、調査開始とともに自力で重点事項を見出しながら調査を進めます。1歩ずつ足を運んでゆく「山登り」のような調査であり、決して単調な機械的な調査ではありません。

 調査方法は、必要な場合には強制的に「開錠」して不動産に「立ち入る」こともしますが、通常は、不動産の占有者等に「質問」したり「文書提示」を求める方法により行います(注10

(注10) 民事執行法572項以下は、現況調査における執行官の調査権限(相手方に協力義務があります。)を次のように規定しています。なお、4,5項は平成10年改正で追加されました。
 執行官は、前項の調査をするに際し、不動産に立ち入り、又は債務者若しくはその不動産を占有する第三者に対し、質問をし、若しくは文書の提示を求めることができる。
 執行官は、前項の規定により不動産に立ち入る場合において、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができる。
 執行官は、第一項の調査のため必要がある場合には、市町村(特別区の存する区域にあつては、都)に対し、不動産(不動産が土地である場合にはその上にある建物を、不動産が建物である場合にはその敷地を含む。)に対して課される固定資産税に関して保有する図面その他の資料の写しの交付を請求することができる。
 執行官は、前項に規定する場合には、電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を行う公益事業を営む法人に対し、必要な事項の報告を求めることができる。
 刑事事件とは違い、そもそも個人の自由意思で形成される私法関係を調査するのですから、これ以上に強制的な方法は意味がありません。なお、任意調査は適宜の方法を採って差し支えないとされています(執行官提要)。

 現況調査は、実際には、どのように進められるでしょうか?事務の流れに沿って見てみましょう。

 目的物件を特定しなければ現況調査は始まりません。この特定作業は既に「物的状況の調査」にほかなりません。
 すなわち、現況調査命令を受けた執行官は、最初にまず法務局(登記所)に行き、備え付けられている「地図」や「建物図面」を入手します(注11。そして、これらを資料として、現地に赴き、位置、形状等を確認します。(初回調査では建物内への立入調査はしないことが多いのが実情です。)現地で確認することによって、目的物件を特定すると同時に、物的状況の概要を調査しているわけです。

(注11) 登記記録は、例えば、土地の「表題部」(不動産登記法12条)には、①土地の所在する市、区、郡、町、村及び字②地番③地目④地積が記載されていますが(同法34条)、これだけでは位置や形状は分からず、現地に行くこともできません。
 位置、形状を明らかにするために、不動産登記法14条は、登記所に「地図及び建物所在図」(1項)又は「地図に準ずる図面」(4項)を備え付けることにしています。
 後者の代表は、元々、旧土地台帳法所定の「土地台帳付属地図」であったいわゆる「公図」です。昭和25年に台帳事務が税務署から移るとともに法務局に移管されましたが、1960年(昭和35年)の不動産登記法改正で、土地台帳、家屋台帳が廃止され、登記制度の一元化が図られた後にも(一元化作業の完了は1971年(昭和46年))、公図はなお重要な役割を担っています。

 物的状況の本格的な調査は、目的物件内に立ち入らなければできません(立入調査をする場合には、あらかじめ占有者に通知をして、協力を求めることが多いと思います。)。但し、本格的調査といっても、執行官は自ら測量等を行うわけではありません。前述の地図等と照らし合わせて、違うところは違うと指摘して現況を明らかにする調査と理解していただければよいと思います。もっとも、開錠して立ち入っても、関係者の話を聞けないと調査が進まないこともあります。

 対象物件が特定できたら、「占有関係の調査」も開始します。この調査は、物件明細書に記載されるべき権利ないし法律関係(注12が存在するかどうかを調査するもので、不動産競売の核心部分の調査です。

(注12) 物件明細書には、①不動産の表示、②不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却によりその効力を失わないもの、③売却により設定されたものとみなされる地上権の概要(以上が民事執行法62条の必要的記載事項)、④その他の事項(任意的記載事項)が記載されます。(BITの用語集参照)

 権利ないし法律関係の調査では、執行官は事実(権利の基になる事実、すなわち訴訟でいう「要件事実」)の存否を調査し、判断します。
 執行官は「いわば裁判官が訴訟の判決をするに際して、いろんな証拠から事実を認定するのと似たような作業をすることになります。」(前掲南)が、執行官の意見形成には、訴訟における主張責任や立証責任といったルールはありませんから(注13、「健全な常識を働かせて、事案を全体的に観察して落ち着くべきところと思われるところを意見を出してもらう」ほかはないと言われます(前掲南)。つまり、執行官の権利ないし法律関係についての調査は、「常識に従って」「真実を発見する」調査です。

(注13) 訴訟なら原告、被告という対立当事者がいて、互いに主張、立証を尽くして結論が出されますが、現況調査は対立当事者構造を採りませんから、執行官は、主張しなかった事実は存在しないものとして扱う(訴訟でいう「主張責任」)とか、立証されなかった事実は認めない(訴訟でいう「立証責任」)というような判断ルールによらないで、いわば刑事事件の捜査のように、自分で問題点を見つけて判断していかなければなりません。

 以上のとおり、現況調査では、執行官は、その不動産に関する①取引上重要な(問題)点を自ら見出して、②適切な相手に対して、③質問等を行い、物的状況と占有状況について「真実発見」を目指します。執行官の裁量の比重が高い調査ですが、執行官には「注意義務」があり(不注意で関係者に損害を与えたときには損害賠償義務が生じます。)、十分注意を払って真実発見に努めなければなりません。

 その一方で、現況調査命令には「報告期限」が付けられています。現況調査は「差押えの効力が発生する時(差押えの登記時)に最も近い時点での占有状況を調査しなければならない。これが遅れると、執行妨害を容易にし、その真実発見を困難にする恐れがあるからである。」(佐藤歳二(当時東京地方裁判所判事)「執行官の職務行為における諸問題」執行官雑誌NO.18とされ、真実発見のためにも、迅速な調査が求められます。

 ところで、BITの「物件明細書」の説明には、次のような件(くだり)があります。これは、現況調査によっても真実が発見できない場合があるという注意書きにほかなりません。
「物件明細書は、裁判所書記官が記録上表れている事実等とそれに基づく認識を記載したものにすぎず、当事者の権利関係を確定するものではなく、権利関係に関する裁判を拘束するものでもありません。したがって、新たな事実の発生・発覚等によって権利関係が変わることもあり、また、物件の状態が変わることもあり得ます。そのため、入札を検討される場合には、必ず、御自身でも直接現地を見に行くなど十分な調査・確認を行うようにしてください。」

 現況調査では「不明」とする報告も認められますが(前述参照)、いかに迅速処理を求められても、執行官としては簡単に真実追求を諦めるわけにはいきません。けれども、完全、完璧を目指して「終わりのない」調査を延々と続けたのでは、調査の意義は失われ、競売手続は無能化します。したがって、執行官はどこかの時点で「調査終了」という判断をしなければなりません。・・・筆者は、この「調査終了の判断」(以下「終了判断」と言います。)こそ、現況調査で最も難しい問題であろうと考えます。

 終了判断を行うに際し、報告期限はひとつの目安になりますが、決定的根拠にはなりません(注14。終了判断は、あくまで調査の内容面から考え、これ以上調査を行っても意味がないという場合に行うべきです。
 しかしながら、今後の調査の意味があるか、ないかと問われれば、ほとんどの場合、「ある」とも「ない」とも言い難いのが実際です(注15。今後の調査の進展を予測するのは極めて困難です。したがってまた、終了判断は常にリスクを伴うことになります。
 すなわち、真実発見の可能性がないと判断して報告書を提出した場合、後日、問題が発見されたときには、執行官は注意義務を尽くしたかと問われることになりますし、他方、真実発見の可能性があると判断して裁判所に報告期限を延期してもらった場合にも、結果的に何も判明しなければ、後日、報告遅延と指摘されかねません。

(注14) 報告期限は事案の難易度に関わらず一律に定められますから、「その事件」で終了判断を行う理由とすることはできません。

(注15) 例えば、回答書を提出すると約束していた人も、約束を守れないことが少なくありません。約束した以上は、常識的には約束の期限まで「終了判断」は待つべきでしょうが、妨害的な関係者による口約束をいつまで待つのかは微妙です。また、妨害者の回答については、その契約関係の真偽の判断にも悩まされます。実に様々なケースがあり、執行官が調査結果を予測することは極めて困難です。

 また、ひとたび終了判断を行えば、二度と調査をすることはありませんから(裁判所から命ぜられて追加調査や補充調査を行うことは別論です。)、真実発見の機会は二度と訪れないと考えなければなりません。
 このように、終了判断は、執行官にとっては決断を要する、難しい判断です。・・・その難しい判断を、執行官は30年前から延々と行ってきました。終了判断が適切かどうかは、現況調査ひいては不動産競売制度の「質」を決定する問題であろうと筆者は考えています。