2012年3月3日土曜日

執行官ミニ歴史(5) 執行官送達


 「送達」とは、例えば訴状のような書類を相手(受送達者)に届けることです。送達はとても重要な手続で、例えば、訴状が相手(被告)に送達されなければ訴訟は開始できません。それだけに、届けた!いや、届いてない!と争いになる場合も少なくありません。

 日本では、送達は裁判所が行うことになっており(職権送達主義)、その事務は裁判所書記官(以下、単に「書記官」といいます。)が担当します。送達を実施する方法には、郵便を利用する方法(以下、「郵便送達」といいます。)、執行官に行わせる方法(以下、「執行官送達」といいます。)などがあり、書記官はその中から選択して送達の実施を依頼します。

 執行官が送達実施機関であることは執達吏時代から法律に明記され、ほとんどの教科書にも書かれています。送達は執行官に縁の深い仕事です。

 執行官の民事送達受理(新受)件数を見てみましょう。次のグラフのとおり、昭和45年には389,763件も受理していました。(今回は刑事送達(注1)については触れません。ご了承ください。)
 ところが、その後は減少の一途をたどり、平成13年には5,143件まで減少しました。平成14年以降の統計は不明ですが(筆者は資料を持ちません。ご了承ください。)、現在も少ないながら送達事件を受理しています。

(注1)刑事事件でも、送達は民事訴訟法の規定に従って行われます。参考までに、刑事事件の執行官送達受理(新受)件数は、昭和45年に約23万件でしたが、昭和59年には1万件を切り、昭和62年以降は全国で年間100件に達しません。なお、刑事送達は執行官手数料の対象にはなりません。

 現在の送達実務では、圧倒的に多くの場合、書記官は郵便送達を利用します。郵便事業会社が郵便法に従って郵便物を取り扱いますが(注2)、郵便法49条は、民事訴訟法に従った送達を行うため、「特別送達」と呼ばれる、郵便物の特殊取扱を定めていますので(注3)、書記官はこれを利用して、送達書類を特別送達郵便物として発送して郵便業務従事者に送達を実施してもらうのです。

(注2)郵便事業は、郵政改革後は、国(郵政省)に代わって郵便事業株式会社が行いますが(郵便法2条)、郵便物取扱いのシステムは郵政改革前と基本的には異なりません。特別送達も古くから存在する制度です。

(注3)郵便制度は、元々、利用者へのサービスですから、受領意思のない人は受取りを拒むことができるのが大原則です。ところが、訴訟を提起された人には応訴義務、ひいては訴訟書類受領義務がありますから、受領拒否ができない配達方法、具体的には、相手(受送達者等)が受領を拒否したときには民事訴訟法に従って差し置くこともできる配達方法を採らねばなりません。特別送達はこれを実現する特殊な配達制度です。
 なお、特別送達は書留郵便物について付加される特殊取扱であり、配達以外は書留(特殊取扱の一種)として扱われます。
 
 送達は強制執行ではありませんから(執行官といえども強制力は行使できません。)、書類を届ける制度として明治時代から整備されてきた郵便制度が利用されるのは極めて自然なことです。しかしながら、昭和45年には執行官送達は38万件も利用されていたのです。それが、その後急速に減少しました。これはいったい、どうしたのでしょうか?

 これには背景があります。変化のきっかけは執行官法でした。執行官法成立当時に話を戻してみましょう。

 執達吏、執行吏時代にも、会計などすべての仕事を一人で処理できるものではありませんから、「役場」が置かれ、職員が執達吏、執行吏を補佐していました。役場の規模は地域により様々であったと言われますが、昭和41年当時の東京執行吏役場は、執行吏が20数名、職員が85名という大規模な組織であったそうです(昭和4162日衆議院法務委員会)

 この当時は、執達吏、執行吏は、自己の責任で職務の執行を委任することができるとされ(執達吏規則第11条)、受任者が、裁判所の認可を受けた上、「代理」として仕事をしていたのが特徴的です。昭和41年当時の東京執行吏役場では、職員のうち35名が執行吏代理でした(昭和4167日衆議院法務委員会)。また、全国では、昭和413月末日現在、執行吏代理は245名いたと言われています(既述のとおり、執行吏は325名でした。)

 執行吏代理については、「厳しい強制執行はもっぱら執行吏代理がしていた」という指摘もあり、また、「執行吏役場運営の面でも重要な役割を果たしていた」(注4)と言われます。しかしながら、当時の送達事件数の多さを考えると、執行吏代理は「二百四十五名のうち、ただいまも百名余りはもっぱら送達をやっておるわけでございまして」(昭和41526日衆議院法務委員会菅野最高裁判所長官代理者答弁)と述べられているように、一般的には送達事務を担当することが多かったと思われます。大規模役場には、執行吏代理以外に送達事務を専門に処理する「送達代理」もいたようです。

(注4)東京執行吏役場の労働組合(昭和29年結成)委員長の、昭和4167日衆議院法務委員会での発言。「老齢化したところの執行吏を一面ではささえてきたといっても過言ではないと考えております。」との発言もあります。

 ところが、執行官法の制定に当たっては、執行官が割り当てられた事務を他に「委任」することはできない(公務員性強化)とされ、執行吏代理は廃止される方向に向かいました。
 昭和41510日衆議院法務委員会における政府委員説明では、「現行のいわゆる執行吏代理の制度につきましては、その弊害が各方面から指摘されていること及び今回の法律案の趣旨が執行官の公務員としての性格を強化することにあることにかんがみまして、このような制度を執行官については設けないことといたしました。」と説明されています。

 もっとも、前記政府委員は続けて、「ただ、現在相当数の、いわゆる執行吏代理が、執行吏のもとにあって臨時にその職務の委任を受けて稼働している現状にかんがみまして、いま直ちにこの事態を完全に消滅させることは困難と考えられますので、法律案附則第十一条におきまして、当分の間に限り、一定の資格のある者には、執行官において、所属地方裁判所の許可を受けて、臨時にその職務を代行させることができることといたしました。」と述べています。

 執行吏代理は廃止する。しかし、執行官法施行後も、当分の間、執行官代理として存続するということになったわけですが、では、送達事務はどうなるでしょうか?前記法務委員会では、執行官が送達事務を担当すること自体に疑問があるという意見もありましたが・・・

 この点については、「三年、四年の間に執行吏代理をなくすと申し上げましたけれども、それはいわゆる執行吏代理をなくすという意味でございまして、三年たった後におきましても、送達代理はその後しばらくまた残っていくのではなかろうかというふうに思っております。」(昭和41526日衆議院法務委員会菅野最高裁判所長官代理者答弁)と述べられています。執行官送達そのものを廃止する方向には向かわなかったのです。

 このようにして、執行吏代理は、初年度には17名が執行官になり、平成4年までに合計52名が執行官に吸収され、平成4年にはその数は9名に減少したと言われています(淺生重機(当時東京地方裁判所民事21部総括判事)「執行官制度の歴史と将来の展望」1992年(平成4年)3月民事執行実務No.22現在は、もちろん、執行官代理はいません。

 送達に携わる執行官代理(旧執行吏代理)が減少していけば、かつてのように送達事務を処理することができなくなるのは当然です。このような流れを受けて、送達事務に携わる書記官が郵便送達に傾斜していったことを、前掲の送達受理件数グラフは示しています。

 執行官が真価を発揮すべき事件はやはり強制執行事件なのですから、いつまでも、かつてのように年間60万件(民事刑事合計)もの送達事務を処理し続けることは好ましいことではありません。執行官送達の減少は、執行官制度のあり方から見ても、良いことであったと思います。

 ところで、現在も、執行官送達はなくなったわけではありません。執行官送達は今も求められて続けています。曝松公平も執行官時代に年間数件の送達を実施しました。

 どういう場合に執行官送達が求められるでしょうか?簡単に言うと、郵便送達がうまくいかないとき、特に、郵便送達が不能で返戻されてきたときの再送達方法としてです。執行官送達が郵便送達の補充的役割を期待されていることは間違いありません。

 送達は昔から書記官泣かせの事務でしたが、昭和57年の法律改正で「就業場所」という新しい送達場所も認められ、「民事訴訟関係書類の送達実務の研究(新訂)」という書記官実務研究報告書を読むと、送達実務の複雑・困難度は一層増しているように感じられますので、書記官の皆さんが執行官送達に期待をかけられるお気持ちはよく分かります。

 執行官は皆その期待に応えたいと思っているはずですが、これからの執行官送達については、曝松公平は、郵便送達制度の実務の現状を正しく評価し、理解した上で、真に、郵便送達の補充的役割を果たすよう活用が図られなければならないと考えています。

 いかに完成度の高い郵便送達制度といえども、高齢化とともに世帯細分化、孤立化が進む社会の変化に対応するには、いわば制度の隙間を埋める工夫が必要になります。送達に関しては、書記官と連携した執行官送達の在り方が問われると思います。・・・が、紙面が尽きましたので、この点は後日のブログのテーマとさせていただきます。

 今回は「送達」という、裁判所の内部事務とも言えるマニアックな?世界の話にお付き合いいただき、ありがとうございました。