2011年11月22日火曜日

執行官ミニ歴史(2) 執行官法成立当時の執行官の日常業務


 執行官法が成立したのは、日本が戦後の復興を遂げ、GNPが戦前を超え「もはや戦後ではない」と言われてから1956年(昭和31年)の経済白書)10年後のことでした。国民生活も豊かになって、冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビが「三種の神器」と言われるようになった「高度成長期」は、1954年(昭和29年)から1973年(昭和48年)まで約20年間と言われます。その真っ只中で成立したことになります。

 この当時の執行官(旧執行吏)は1966年(昭和41年)3月末現在325人とされています(当時の国会答弁)。戦争直後328人でしたが、昭和35年まで増加したもののその後は毎年20数名退職するのを補充できなかったそうです。困難な仕事なのに処遇、待遇が十分でないため、希望者が少なかったと言われています。

 執行官法施行に伴い、これらの執行官を各裁判所は自分の庁舎内に受け入れましたが、当初は10程度は部屋が間に合わず机だけ入れたところもあったそうです。その後も、裁判所は、①執行官室の執務環境の整備1091年(昭和56年)までに執行官室の机、椅子、金庫などの必需品が整備された。)、②執行事務の地方裁判所への取り込み(会計事務など)、③執行官の資質能力の向上(執行吏代理の縮小など)、④手数料収入の合理化(プール制の採用など)などに努めたとされています(淺生重機(当時東京地方裁判所民事21部総括判事)「執行官制度の歴史と将来の展望」1992年(平成4年)3月民事執行実務No.22)。
 このような執行官制度の基盤強化は、「執行官の行なう民事裁判の執行その他の事務の運営を適正円滑化するため」(当時の参議院法務委員会説明)に行われました。

 では、執行官法施行当時、執行官はどんな仕事をしていたでしょうか?

 「執行官が取り扱うべきものとされている事務は、広範多岐にわたるが、(1)動産に対する執行、(2)不動産の引渡・明渡執行、(3)現況調査報告、(4)裁判所の発する文書等の送達が、執行官が日常処理する事務の主要なものといえるであろう。」(岡田潤(当時、裁判所書記官研修所長)「現況調査の実務」1985年(昭和60年)発行「執行官雑誌」No.16)とされています。
 執行官法施行当時も、執行官が日常的に処理する事務はこのとおりであったと考えて差し支えないと思います。

 執行官法施行当時は「現況調査はなかったはずだ」と言われるかもしれません。確かに、「現況調査」は1979年(昭和54年)に成立した民事執行法によって生まれた事務です。しかし、実は、民事執行法以前にも「賃貸借取調べ」と呼ばれる不動産調査を執行官は行っていました。債権者の申立てによって裁判所が個別に執行官に命じていた事務であり、現況調査のような法定の業務ではありませんが、1970年(昭和45年)にも24,404件受理しており、無視できません。この不動産調査は現況調査に匹敵すると考えることができます。

 では、現在はどうでしょうか。
 現在は、「(4)裁判所の発する文書等の送達」は日常的な事務とは言えません。送達事務は、1970年(昭和45年)には約62万件受理していましたが、1983年(昭和58年)には10万件を切り、その後急激に減少しました。仕事の性質も強制執行とは違いますから、現在は執行官の主要業務とは考えない方がよいでしょう。それ以外の3つの事務は、現在でも、執行官の主要事務と言えます。

 以下、前記岡田論文の(1)(2)(3)の3つの事務(注1)を順に「動産執行」(注2)「建物明渡」(注3)「現況調査」(注4)と呼ぶこととし、これらを「主要3事件」と呼ぶことにしますと、執行官法施行当時、執行官はこれらの事件をどのくらい受理していたでしょうか?

(注1)裁判所の「事務」は、「事件」と言い換えることができます。事件は、法律の手続上ひとまとまりの「案件」という意味とお考えください。
(注2)「動産執行」には担保権実行である「動産競売」事件を含みます。
(注3)「建物明渡」は、最高裁の統計上は「不動産等の引渡し」となっています。なお、これには不動産競売の「引渡命令の執行」事件を含みます。
(注4)「現況調査」には、「不動産評価」を含むほか、民事執行法以前の「不動産調査」を含みます。

 主要3事件の1970年(昭和45年)の受理件数(注5)は次のグラフのとおりです。執行官法施行直後のデータが筆者の手元にありませんので確実には言えませんが、執行官法施行当初の執行官も同様であっただろうと思われます。動産執行と送達(前述)に明け暮れる毎日だったのではないでしょうか。


(注5)執行官の事件数は最高裁ホームページで見ることができますが、過去の事件数については「執行官雑誌」や「民事執行実務」などの刊行物から取得しました。

 なお、ご参考までに、2010年(平成22年)の受理件数のグラフをお示ししておきます。動産執行が減り、建物明渡と現況調査が著しく増えています。40年後には、こんなに大きく変わりました。


 ここで、ついでに、1970年(昭和45年)から2010年(平成22年)まで41年間の主要3事件の合計受理件数を見ておきましょう。執行官の44年の歴史を通じた「執行官の仕事」の概要が分かると思います。
 次のグラフのとおり、執行官は主要3事件を、動産執行71%、建物明渡7%、現況調査22%という割合で受理して、仕事をしてきました。






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