2011年11月26日土曜日

執行官ミニ歴史(3) 執行官受理事件数の変動と経済状況


 国(裁判所)は、国民の私的法律関係には介入しないのが原則です。利用者の求めがない限り、裁判所は民事訴訟を開始しませんし、執行官も執行には行きません。執行官の仕事は、利用者次第で、毎年増えたり減ったりします。

 執行官の主要3事件の年間受理件数はどのように変化してきたでしょうか?1970年(昭和45年)から2010年(平成22年)まで41年間について見てみましょう。(それ以前のデータは持ちません。ご了承ください。)

 次のグラフは、主要3事件の年間受理件数の41年間の平均をとり、各年の各事件の増減(割合)を調べたものです。(各事件とも、平均以上は0%より上に、平均以下は0%より下に表示されています。)
 このグラフで、平均以上の年は事件によって違い、動産執行は1984年(昭和59年)から1997年(平成9年)まで16年間、建物明渡は1996年(平成8年)以降15年間、現況調査は1984年(昭和59年)以降19年間(途中4年間は0%未満)であることが分かります。

 次のグラフは、件数の変化を見るために、前回掲げた主要3事件の41年間の総合計件数グラフを、バブル崩壊を1991年(平成3年)として、前後2つに分けてみたものです。


 受理件数は毎年変化していますが、長期的に見ると、大河のように緩やかに変化しているようです。この動きは、経済の動きを反映すると思われます。

 ここで、以下、簡単に、執行官法施行後の日本経済の動きを振り返ってみましょう。

 執行官法が成立して10年経たない間に金本位制、固定相場制は失われ(主要国が1973年(昭和48年)に変動相場制に移行)、日米の経済不均衡を是正するため、1985年(昭和60年)のG5で為替相場の調整を約する「プラザ合意」(注)が結ばれました。これは、この後日本にバブルとその崩壊を招き、その後も長い間為替の調整に追われる状況を招いた原因と言われます。

(注)プラザ合意の1年後には1ドル150円台の円高ドル安になったそうです。

 背景には「貿易黒字」がありました。日本の貿易黒字状況をインターネットで調べたところ、「超長期貿易収支推移」と題する記事(小澤徹3rdworldman's Blog)が見つかりました。そのグラフを引用させていただきますと、次のとおりです。

 1971年(昭和46年)の日本の貿易黒字は77億8700万ドルと前年のほぼ2倍に急増したと言われますが(日経平均プロフィル「ニクソンショックから過剰流動性相場へ」)、プラザ合意の頃の黒字額はそんなレベルではなく、その後の貿易黒字にも今更ながら驚かざるを得ません。

 貿易黒字で生まれた遊休資金は、日本国内で、株と土地に流れました。
 戦後の地価の高騰、すなわち土地バブルは2回あったと言われます(井上明義著「地価はまた下がる」(PHP研究所発行))。最初は、1971年(昭和46年)から1986年(昭和61年)まで地価の高騰が続いた「列島改造バブル」であり、次いで、1987年(昭和62年)から1991年(平成3年)まで著しい地価の高騰が見られた「不動産金融バブル」です。
 不動産金融バブルは、金融機関が資金運用難という未経験の局面を迎えて、自ら積極的に個人に対して住宅ローン融資等を行うようになって起きた「金融バブル」であり、その最盛期にとられた金融緩和政策のために地価が下落し、崩壊したと指摘されています。崩壊後に金融機関が多額の「不良債権」を抱えることになり、その処理が大きな問題となったのが特徴です。

 バブル崩壊後の経済状況を、衣川恵「新訂日本のバブル」日本経済評論社刊215頁以下は「平成不況」と呼び、「平成不況は、通常の不況とは大きく異なり、平成恐慌を内包した長波の大不況である」とし、次のように述べています。(以下、( )内和暦は曝松が挿入しました。)
 1991年(平成3年)~96年(平成8年)は、「1990年(平成2年)から始まる株価の暴落と91年(平成3年)から始まる地価の暴落の影響を受けた景気後退の時期」であり、「1997年(平成9年)から98年(平成10年)は平成金融恐慌となり、その影響を受けて98年(平成10年)から99年(平成11年)は平成恐慌となった。」としています。その後、「2000年(平成12年)から09年(平成21年)第一四半期現在の期間は、04年(平成16年)から07年(平成19年)までの2%前後の景気回復傾向を実現しながらも、好況局面を迎えることなく、08年(平成20年)に再びマイナス成長に戻って不況が続き09年(平成21年)にはさらに厳しい景況となった。」としています。

 執行官法施行後44年の間、執行官は「主要3事件」を処理してきたと言えますが、以上のような経済状況の変化を背景として、3事件のうちでは動産執行が少なくなり、現況調査(と建物明渡)が増えるという大きな変化が生じました。

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